昨年末、2011年12月25日の、「坂の上の雲」の日本海海戦を見た方は多いと思いますが、ロシアの艦隊を相手に大勝利を収めた聯合艦隊司令長官の東郷平八郎を祭神として祀ってある原宿の東郷神社に行って祈願してきました。
昨年も、ここで勝利を記念してZ旗を頂いてきて、大変ご利益がありましたので、今年もぜひもう一度東郷さんのお力をお借りしたいとの思いで、再び、Z旗を頂いて参りました。
昨年末、2011年12月25日の、「坂の上の雲」の日本海海戦を見た方は多いと思いますが、ロシアの艦隊を相手に大勝利を収めた聯合艦隊司令長官の東郷平八郎を祭神として祀ってある原宿の東郷神社に行って祈願してきました。
昨年も、ここで勝利を記念してZ旗を頂いてきて、大変ご利益がありましたので、今年もぜひもう一度東郷さんのお力をお借りしたいとの思いで、再び、Z旗を頂いて参りました。
宇治上神社は、明治維新までは隣接する宇治神社と二社一体で、それぞれ離宮上社、離宮下社と呼ばれていました。

2012年の初めに当たりまして、いろいろ書きかけの記事があるのですが、日本人らしく神社の建築とそれに関する写真を紹介したいと思います。
初めに、日本最古の宇治上神社の本殿です。
宇治上神社の創建は古く、平安時代に平等院が建立されるとその鎮守社となりました。
世界遺産としての範囲はごく小さく横約80m、縦約50m程度です。
今回世界遺産リストに記載されたのは、中尊寺、毛越寺、観自在王院跡、無量光院跡、金鶏山の5資産です。
中尊寺は山全体の総称で、本堂と17の子院で構成されていますが、その他に重要文化財の白山神社の野外能楽殿も、金色堂のすぐ近くにあります。
乗鞍岳には夏でも雪が残っていて、冬は真っ白です。
乗鞍岳では夏は褐色・冬は純白と羽の色が変化する神の鳥「ライチョウ」が見られます。
乗鞍本宮は岐阜県と長野県の間にある乗鞍岳にある神社です。
私たちは長野県側の乗鞍観光センターからバスに乗り、乗鞍岳を目指しました。
訪れたのは昨年9月で、暖かい日でしたが、その後、とんでもない事態になりました。
佃島は徳川家康が江戸に下った際に、大阪の佃の漁夫が江戸に移住し江戸湾の砂州を埋め立てて住むことになったのが始まりです。
中央区の佃住吉神社は、その際に大阪の住吉社から勧請して創建されたもので、366年の歴史があります。
この界隈は低層の建物が多く、昔の風情が色濃く残っていて、そこだけ時間が止まっているようです。
東京には路面電車(軌道線)は2つあります。
1つは東京都交通局の荒川線(早稲田~箕輪)で、もう1つが東急世田谷線です。
早稲田大学への交通手段で荒川線はよく使いましたし、一時、勤務先が大塚でしたので、その時にも荒川線はよく利用しました。
弥彦神社に行ってきました。
弥彦神社は、新潟県の弥彦村にある神社で、弥彦山の麓に位置し、背後の弥彦山全体を神域としています。
弥彦神社の祭神は、天香山命(あまのかぐやまのみこと)です。
天照大神のひ孫さんだそうです。
滋賀県の近江八幡にある日牟礼八幡宮に行ってきました。
近江八幡市は、滋賀県のほぼ中央に位置し、琵琶湖に隣接しています。
彦根城に登った後の道中での、神社とその周辺の散策でした。
伝えられるところによると、131年に成務天皇がここに大嶋大神を祀ったのが起源とされ、1900年近い歴史を持つことになります。
超高層マンション計画がある成子天神社ですが、計画では富士塚は残されます。
西新宿成子天神社の富士塚は、大正9年(1920年)に溶岩を用いて築造され、高さは約12mです。
普段はなかなかj神社の奥までは行きませんが、正月に山頂までのぼりました。
手前に見えるのは七福神のひとり福禄寿で、頂上に小さく見えるのが木花咲耶姫命(このはなさくやひめ)で、南側を向いて立っています。
成子天神社は、ほとんど毎日見ている小さな神社ですが、創立は延喜3年(903年)ということなので、相当の歴史があります。
明治・大正時代にできた多くの大きい神社に比べ、こういう身近な神社の方が案外古いものです。
超高層ビル群のすぐ北側にあるので、ここでも超高層マンションの開発計画があります。
成子天神社南参道
月山・羽黒山・湯殿山は、出羽三山と呼ばれ、古くから山岳信仰の霊地としてあがめられてきました。
下の写真の、巨杉の中に凛として美しい姿を見せているのが五重塔です。
この塔は、平将門が建立したのが最初で、現在のものは応安5年(1372年)に建てられ、高さは21mで柿葺となっています。
平安神宮の祭神は第50代桓武天皇で、謚(おくりな)は、日本根子皇統弥照天皇(やまとねこあまつひつぎいやてらすすめらみこと)です。
平安神宮は平安遷都1100年を記念して明治28年に創建されたので、約116年の歴史がありますが、比較的新しい神社です。
靖国神社は明治時代に創建された神社で、祭神は、明治維新、戊辰戦争、西南戦争、日清戦争、日露戦争、満洲事変、支那事変、大東亜戦争などで、国を守るために生命を捧げられた246万6千余柱の方々の神霊とされていて、他の神社が1人または少数の神様を祀っているのと異なります。
境内の雰囲気は独特のものがあります。
千代田区九段北にある靖国神社です。
東側にある最初の大鳥居(第一鳥居)です。
鹿島神宮は、千葉県の香取神宮とともに武芸の神を祀る名社として知られ、中世から近世にかけて武将たちが信仰していました。
一説によると、創建は紀元前660年と言われています。
また、平安時代に「神宮」の称号で呼ばれていたのは・伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮の3社 だけ だったとも言われています。
東郷平八郎もニミッツも海軍の軍人です。
またニミッツの名は、アメリカ海軍の排水量8万トン級以上の最初の空母に付けられた名前です。
ニミッツが生きたのは1885年から1966年ですから、東郷さんより37歳若いことになります。
1905年、日露戦争の祝勝会が東京で行われた時、同盟国アメリカの戦艦オハイオに配属されて日本にいたハタチのニミッツは東郷平八郎と英語で話をしました。
昨年は漁船体当たり事件がニュースになりましたが、以前の日本は海軍力が強く、清やロシアを戦争で破り、清からは台湾などを譲り受け、ロシアからは南樺太などを譲り受けました。
覇気があったのだと思います。
東郷神社は、日露戦争の日本海海戦で、最強のロシアバルチック艦隊を破った東郷平八郎元帥海軍大将を祭神とする神社です。
乃木神社のある乃木坂駅から千代田線で2つ目が明治神宮前です。
メトロを降りて北に向かうと、原宿竹下通りの北側に東郷神社があります。
東郷平八郎元帥は弘化4年(1848年)薩摩の加治屋町に生まれ、昭和9年(1934年)に亡くなりました。
前記の乃木大将とほぼ同時代を生きた方です。
乃木大将の遺書には、明治天皇に対する殉死であり、西南戦争時に連隊旗を奪われたことを償うための死である旨が記されていたと言われています。
この絵では、左側の官軍の軍旗は旭日旗で右側の薩摩軍は丸に十の字の島津藩の旗です。
当時、軍旗を失う事は、最も大きな罪であり、乃木大将は明治10年(1877年)の西南の役で軍旗を奪われたことを一生後悔していました。
乃木希典(のぎまれすけ)陸軍大将は、嘉永2年(1849年)生まれ、明治天皇への殉死で亡くなったのは大正元年(1912年)です。
乃木大将を祭る神社は全国にありますが、東京の乃木神社には旧乃木邸もあります。
乃木大将が亡くなった後、大正8年に乃木神社創立が認められ大正12年に鎮座されました。
空襲により当時の建物は焼失しましたが、昭和37年に本殿・幣殿・拝殿が復興されています。
鳥居と拝殿
鳥居の向こうが拝殿で、現在が遷宮に伴い御仮殿となっています。
拝殿の後ろには大きな白い三角の屋根が見えますが、この中で本殿(国宝)の60年に一度の大修造工事が行われています。
出雲大社は、今回の一連の記事で取り上げる鹿島神宮、平安神宮、明治神宮、靖国神社などどともに、16ある勅祭社の1つです。
出雲大社は、縁結びの神様として有名ですが、国造りの神様でもあります大国主神(オオクニヌシノカミ)を祭ってあります。
旧暦の10月には、全国の八百万(やおよろず)の神々がここ出雲大社に集まって縁結びについて話し合うと言われています。
江戸初期に日本橋を起点とした甲州街道で一番初めの宿場町は高井戸でした。
が、最初の宿場としてはあまりに遠く不便なため、後に設けられたのが、内藤家の屋敷前であった「内藤新宿」です。
その新宿と言えば花園神社です。
花園神社は、徳川家康の江戸開府の1603年以前から今の伊勢丹デパートの付近で新宿の総鎮守でしたが、その後尾張藩下屋敷の花が咲き乱れる庭部分に移転したことから、花園という名がついたそうです。
神主の意向で唐十郎の紅テントで演劇が上演されましたが、総代会の反対で境内の使用が禁止されたこともありました。
(日枝神社の続きです)
神門
首都東京の国政の中心である永田町、その緑が深い星ヶ岡の高台に山王日枝神社は鎮座しています。
この神社の祭神は、大山咋神(おおやまくいのかみ)です。
江戸城を築城した武将として有名な大田道灌により建てられた日枝神社は、江戸時代には徳川家の氏神として、明治時代以降は皇居の鎮守とされています。
明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后をお祀りする神社で、初詣は例年日本一の参拝者数を集めています。
南豊島御料地に大正4年から造営工事が始まり、大正9年(1920年)に鎮座祭が行われたということですので、約90年の歴史です。
正月と言えば明治神宮です。
約30年前、世田谷に住んでいた私は知人と一緒に夜中に参宮橋で下車し、西参道からお参りしたのが最初の参拝でした。
明治神宮は日の出と共に開門し、日の入りに合わせて閉門します。そのため、月により開門と閉門の時間が異なります。
2011年の新年に当たり、最近訪ねた社寺のいろいろで、第1弾は湯島天神です。
湯島天満宮(通称湯島天神)は、南北朝時代の正平10年(1355年)に創建されました。
その後、大田道灌が菅原道真の夢を見たことから道真を祀るようになりました。
また、この神社は見事な梅も有名です。
湯島天神は通称で、正式には湯島天満宮です。
権現造りの社殿は1995年に再建された新しいものです。
場所は文京区湯島3丁目で、以前書きました岩崎弥太郎の岩崎邸の春日通りをはさんで南側にあります。